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光のフィールドノート
camera-man

東京都国立近代美術館へ「高梨豊 光のフィールドノート」展を見に行く。森山大道はあまりに天才過ぎてしばしばついていけないのだが、高梨豊の写真はどれもとても普通なのに魅かれるものが多い。60年代から時代ごとに「都市へ」「東京人」などの写真集のテーマごとに展示されており、すごく共感できた。

夜タモリの「エチカの鏡」で遺影写真家というのをやっていた。60歳代のカメラマンの職業観というか生き方のようなものがなかなか興味深い。商業カメラマンとして大成功した時期を経て、デジタルカメラの普及、コンピューターによる後処理についていけなくなったという。で、貯金をはたき自分の写真館で遺影写真家を始めたのだと。経済的自由を得て老後を遊んで暮らすよりも、好きなカメラマンを死ぬまで続け、遺影写真を撮って顧客に感謝されるほうがイイと。

いろいろな感じ方、考え方、生き方がある…
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そうそう やはりプロのカメラマンにはアナログカメラで撮影をして欲しい 誰でも撮れる機械で取るのは今一ねー
タクシーでもオートマの車だと なんとなくガックリくる

時代とともに感覚も変わってくるのだろうけどねー
from. ポン助 | 2009/02/23 07:48 |
若い人の感覚、美意識と差が出てきたって言っていた。それで、クライアントからのオーダーが減り、やっていけなくなったそうな。でも、このひと、ピーク時は月収850万なんてときもあったんだって。ポルシェに乗りたくてがんばった、とも。けっこうバブリーな性格で、あまり長期的展望では考えていなかったんだろうねえ(笑)
from. kk | 2009/02/23 18:51 |
もうプロ現場は印刷の構成もデジタルなので、ほとんどデジタルのようですね。プロの中でも「作家」として食べて行ける方々のみがアナログを使えるような印象なのですが、いかがでしょうか。
高梨氏と言えば「ライカ同盟」なのですが、やはり写真展の構成も、ライカで撮られたものなのでしょうか?別に写真が良ければ道具なんてなんだっていいやん、というのも分かりますが、60年代の職人仕事による」工業製品には何か引かれるんですよね。60年代のモンブランの万年筆も然り。
from. Dr Ken | 2009/02/24 06:11 |
デジタル処理はあくまで手段であって、見るべきは作品そのものの価値だと思います。アナログであろうとデジタルであろうと、最終的に心にくる作品の本質はひとつだと思うのですが。ただ、レタッチの有無は表記してほしいですね。で、やっかいなのは、覆い焼きや焼き込みのような“伝統的な暗室作業”をシミュレートしたレタッチはどうなの?ということですね。まあ、レタッチはレタッチということなのでしょうか。

高梨氏の写真展では撮影機材の詳しい情報は書かれてませんでした。三脚と大判カメラでのカラーと手持ちの広角コンパクトでのモノクロがありましたが、やはり広角モノクロが良かったです。今風にいえばまさにキャンディッド・フォトなのでしょうね。
from. kk | 2009/02/24 12:31 |
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